クレジットカードをめぐる課題

1.カード会社の社会的責任

(1)正確な情報提供

クレジットカード 世界

クレジットカードは消費者取引である以上、消費者トラブルを避けて通ることはできません。経済学では人を合理的な選択をするホモエコノミクス(経済人)と定義づけますが、誰でも心当たりがあるように、時としてまったく馬鹿げた行動をしてしまうことがあります。しかし知っていてその馬鹿げた行動に出るのと、知らないでその行動に出るのとでは、危険の度合いに雲泥の差があります。例えば雪道で急ブレーキを踏むと車はどうなるか、たいていの人は知っています。もしそのような場面に遭遇したときに、普通に停止できるものだと思って急ブレーキを踏むのと、危険をわかった上でブレーキを踏むのとでは、結果がまったく違ってくるのです。クレジットカードは決済の道具ですが、契約関係はカード会社とカードホルダーの問に与信という行為が入った、一時的もしくは長期にわたる借金の契約です。買い物病にかかった人が、もしクレジットカードをそのようなものだと認識しないで使いまくると、たいてい悲惨な結末が訪れます。かなり極端な例を引き合いに出しましたが、プロシューマーといわれるすごい消費者がいる半面、相変わらずカード会社からみればご都合主義としかいいようのない消費者もいるのです。

このような消費者を相手にビジネス展開しているカード会社は、その社会的責任としてクレジットカードがどのようなものであるか、説明しておく義務があります。カード会社のホームページを開けると、いろいろ注意書きが出てきます。このような警告ももちろん十分大切なことですが、イメージに流されないできちんとカードを使ってもらえる消費者になるよう教育することこそ重要なのです。カード会社にできる教育というのは、きちんと消費者に届くように正確な情報を提供することです。しかし正確な情報という漠然としたものは、受け取る消費者一人ひとりによっても違った受け取り方をされることがありますし、発信するカード会社も利用を阻害するようなことはできればいいたくはありません。お金については買い物ができる手段だと誰でも知っていて、小学生でも手持ちを限度で買い物ができるものだと理解しています。しかしクレジットカードはその限度を超えて利用できて、さらに事によるとそのカードを盗んで使おうとする悪い輩もいるのです。

クレジットカードの仕組みは世界共通のものです。利用者は世界中の消費者ですが、それぞれの国は、民族、言語、宗教などによって、国民性、文化が異なります。クレジットカードについていえば、契約に対する態度や考え方がそれぞれ違います。日本人は一般的に契約に対する考え方が甘いといわれていますが、このような消費者を対象とした場合と、そうではない場合では、基準になるものが違うと考えなければならないのです。

(2)自己責任と他人の責任

例えばクレジットカードを友人に貸して、思った通りに返してもらえなかった人がいたとします。気の毒なその人は.なんとかその支払いから逃れたいと考えますが、その期待がかなえられることはまずありません。するとこの人は初めて自分の失敗に気づくことになります。人によっては、サインが違うのに売った加盟店とそれを管理しなかったカード会社に問題があると指摘します。一理ある論点ですが、原因がクレジットカードを貸したことにあるのは明白ですから、この人の責任が免除されることはありません。もちろんサインの照合が徹底されなかったことにも間題はありますが、それ以前にクレジットカードを貸さなければ、このようなことは起こらなかったのです。

不正取引の防止によって得られる消費者の利益保護と、ルール違反を犯した消費者を救済することは意味が違うのです。不正使用の代償はクレジットカードの参加者それぞれが負担するものですが、その代償をルール違反者の救済のために利用することは、決して公正な対応とはいえません。わが国のカード会社は、このようなケースまで想定して正確な情報を提供すべきです。国によっては、このような問題を議論の対象としません。理由は当たり前すぎるからです。しかしわが国では、このような問題まで議論の対象になってしまうことが多々あります。しかしそれで利益を得るのはその人だけで、多くのカードホルダーがそのような経験をすることはないのです。カード会社は、ここで例示したサイン照合のような不正防止対策については、永遠のテーマとして取り組み続けなければなりませんが、その間題と消費者保護あるいは消費者救済の問題は別のものであることを、きちんと整理して情報発信すべきです。

2.深刻化する多重債務問題

(1)救済が必要な多重債務問題

クレジットカード 信用

消費者を救済しなければならない最大のテーマは多重債務者の問題です。多重債務は、消費者があちこちから借りている状態のことをいいます。しかし、これだけでは必ずしも問題とはいえません。問題とされるのは、あちこちから借りている合計額が返済不能なほどになった、多重多額債務の状態のときです。ここでは、単に多重債務という言葉を使いますが、カード会社も消費者が借りることのできる与信業者ですから、多重のうちの一つになります。とはいっても、多重債務の問題は与信業者と債務者の問題というより、お金と人間の関係そのものです。徹底的に自己責任を否定すると、借りた人は貧乏ですから被害者で貸し手が加害者だといった意見に行き着きます。しかしこのような議論は、問題のすり替えとしかいいようがありません。

大昔わが国は、お米がお金の代わりをしていたことがありました。そこでは時の為政者が出挙という米貸しを国民に対して行って、秋の収穫時に利息をつけて返済させていました。律令時代に入ると、今度は寺院が同じようなことを始めるようになりました。このように無理やり貸し付けて、無理やり利息を取るというのでは債務者は被害者ですが、申し込みもないのにお金を貸す人はどこにもいません。西洋の大昔に飛ぶと、古代アテネでは債務の返済が不可能になった市民は、財産を失うばかりではなく市民としての資格まで失い、奴隷として自らを売ることで債務を返済しなければならなかったといいます。古代アテネの方法は徹底した自己責任のとり方ということができますが、今日の感覚からすると神話の世界にしかすぎません。結局、人とお金の有史以来続いている問題に対しては、多重債務者を出さないという絶対的な解決策があるわけではなく、事後の問題としてなんらかの救済が必要とされるのです。

(2)法的な解決

わが国は、つい最近までバブル経済の崩壊に伴う未曾有の長期不況に入り込んでいました。リストラという名前の解雇によって失業者は増え、貸金のカットも当たり前のように行われました。その結果、多重債務の最終的な解決策である自己破産が猛烈な勢いで増えました。 2004年は14年ぶりに自己破産者が減少しましたが、それでも三年連続で20万人を超えました。もっともこれには訳があって、個人の債務者が自己破産せずに債務整理できる手続きを定めた個人再生制度が2001年に導入されて、この制度の適用を申し立てたケースが2004年一年間で26,346件に達し、前年に比べて11.4%も増加したからです。

わが国の破産法は1922年に制定された法律で、免責の制度は1952年の改正で追加になっています。制定当初、破産は反社会的な行為としてみられており懲戒規定もあったのですが、この改正で債務者救済法としての性格を備えることになりました。さらに一定額の債務の返済することによって、残りの債務を帳消しにできる個人版の民事再生手続きも2001年に導入されています。個人の破産は1983年ころのいわゆるサラ金問題のときから利用されるようになったのです。

破産手続きの基本的な流れは、破産宣告を受けた債務者はその財産すべてについて所有権を失い、財産を換価(換金すること)して債権者に支払うというものです。不動産などの資産を持つ個人の破産はこの方法によって破産手続きが進行しますが、資産を持たない個人の場合は、換金するにもそれに値する財産がないことが多々あります。その場合は同時破産廃止という手続きがとられます。つまり破産手続きの終了です。もっとも個人の破産の場合は、ここからが問題です。免責を得て裁判所が債務の返済が不要とお墨付きをくれなければ、破産手続きは終了したものの、債務は残るということになります。ほとんどの場合免責をもらえますが、ギャンブルや遊興費に使ってしまい多重債務の状態になった人は認められません。また免責をもらうまでは、株式会社の取締役や弁護士や公認会計士などの資格を必要とする仕事にはつけないなどいくつかの権利の制限があります。この他にも破産者には多くの権利の制限がありますが、免責を得られるとそれらはすべて回復します。

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